経営者や人の上に立つ立場の人には、「寛容さ」が求められると思っています。「寛容」とは、他人のあやまちや欠点を責めたてるのではなく、それぞれの立場で考えることのできる広く、あたたかい心のありかたを言います。(池田繁美著「素心学要論」より)これまで「素直」「謙虚」「誠実」「忍耐」「機敏」「努力」といった「寛容」以外の徳目も経営者として欠かすことのできない徳目として大切にしてきましたが、「寛容」こそが、社員を育て、社員を定着させ、潤いのある温かい社風をつくるうえで欠かせない徳目だと思うようになりました。
「寛容」は、ちょっとでもルールからはずれたらきびしく戒める「厳格」でもなく、ルールからはずれた違反者を見て見ぬふりでほったらかしにする「放任」でもない、その間のちょうどよい具合のところにあります。(池田繁美著月刊素心第184号より)
厳格な父親の影響を強く受けた私は約束や決められたことからはずれた社員を見ると、注意する、戒めるという姿勢で取り組んでまいりました。現在、その当時を振り返ってみると寛容さに欠けていたなあと反省しています。
「寛容さ」が経営者として大切な徳目であると気づいてからは、それまでの自分を改めようと試みました。社員のよいところに目を向けようと意識するようになり、自分の心の中に少しずつ変化が感じれるようになりました。その結果、社員の良いところが見え、さらに社員のことをよく知るようになると、少々の失敗やミスも以前ほど気にならなくなり、そのことが周囲の人に迷惑をかけないで済み、私さえ我慢すれば済むことであれば、「まっいいか」とゆるせる気持ちになってきたのです。さらに他の社員が同じような失敗やミスをしないで済むように事前に注意をうながしたり、朝礼などで根気よく伝えていくといった教育にも力を注いでいくことも大切なことだと気づきました。
「寛容さ」を身につけていく上で大切なことは、心のクセ(自我の意識や業の意識が過剰に働くこと)を正していかなければならないことにも気づきました。例えばAさんBさんという二人の社員がいて、Aさんに対してはAさんの良いところがよく目についたとします。一方Bさんに対しては、Bさんの良いところよりそうでないところに目がいくとします。そんな時AさんBさんが同じ失敗やミスをした時、Aさんには「まっいいか」とそのミスや失敗を許せても、Bさんに対しては責める気持ちがわいてきます。自分の心のクセが二通りの行動を生んでいるのです。心のクセを正し、どの社員に対しても良いところにしっかり目を向け認めてあげることで寛容さが身につくのではないかと思っています。
親は、自分の子どものよいところもそうでないところも全て丸がかえで愛していきます。同じように経営者として、社員の良いところに目を向け、社員のよいところもそうでないところも丸がかえで思いやりの心で接していくことが寛容さを身につけていく上で大切だと学びました。
2017年12月 323号より 芳野 栄