ある日妻に「あなたは幸せね。まるで亡ったお父様が、お兄いさんを通して護ってくれているみたいね」と言われました。その時、「これが、お釈迦様の説く、「父母の十種の恩徳」のうち”究竟憐愍の恩”にあたるのかと思いました。今回は、父親にスポットをあてて、その恩の深さを振り返ってみました。
私の父は、同じ兄弟の中でも特に私達(ふたごの兄と私)に対してたっぷりと愛情を注いでくれました。
小学生低学年の頃、一緒に寝ると必ず「はやく大きくなれ、大きくなれ」と足をさすってくれていました。成長するにつれて私達が「ああしたい、こうしたい」と言うと「いいよ、お前たちのいいようにやってみなさい」と私達を信頼し、思うようにやらせてくれました。
そんな父の口グセが、「兄弟仲よく」でした。父のいう「兄弟仲よく」とは、ただ単に「ケンカせず仲よく」ということにとどまらず、「もし片方が困ったり、悩んだりしている時は、相談を持ちかけられる前に、自らすすんで手を差しのべ、助けてあげなさい」というものでした。
「兄弟仲よく」をしっかり躾けられたことがあります。私達が小学四年生の時のことです。二人は同じクラスで、二人とも給食係であった一学期。私達のどちらか(たぶん私)が給食衣を忘れて、一人の給食衣をお互いに取り合い、ケンカしてしまいました。それを見ていた担任の先生が、一学期終わりの父兄懇談会で母にそのことを伝えました。母からその話を聞いた父はとても怒って「充(みつる)、栄(さかえ)、ちょっと来い。」と呼ばれ、「お前達、学校でケンカしたそうやな」「おとうさんの前でもう一度やってみろ」ときびしく叱られました。さらに「栄、お前が悪いんやろ」と父が煽いていたうちわでたたかれました。その時の父のこわさから、二度とケンカしてはいけないと二人とも強く思ったものでした。
さらに二人が一層仲よくなれたきっかけがあります。それは、兄が素心学を学ぶようになってからです。当時、兄は小学校の校長になったばかりで、学校経営というものにとても悩んでいました。私もどう手助けしたら良いのかわからず、私が先に学んでいる素心学について話をし、その先生である池田繁美先生を紹介し、二人で先生のもとを訪ねました。兄は、素心学を学んでいくにつれて、少しずつ学校経営に対する悩みも解消していきました。五年前、退職しましたが、「素心学を紹介してもらい、学んだおかげで満足のいく教員生活を終えることができた」と喜んでくれました。素心学を共に学ぶことで、同じ価値観を共有でき、二人の間がより緊密になりました。
一方兄は兄で私のことをとても気づかってくれています。仕事上の悩みがあるというと、すぐに来てくれ私の話にじっと耳を傾けてくれたり、アドバイスをしてくれます。また先日、私が体調不良をうったえた時、心配して血圧計を夜にもかかわらず持ってきてくれ心配をしてくれました。まるで父が兄を通して生きていて、私を見まもってくれているようです。その時、妻が言った言葉が冒頭の言葉です。
小学四年生の時、「兄弟仲良く」と諭してくれた父。五十五年たった今もお互いの心の中に生き続けています。父はとても大切な宝物を私達に遺してくれました。父が生前、心から望んでいた「兄弟仲よく」の実践こそが、親孝行であり、父の恩に報いることだと思います。
これから先も、兄と二人で残された人生を「兄弟仲よく」、お互いに助け合いながら幸せに過ごしたいと思います。それが亡き父への最大の供養となるにちがいありません。
2016年9月 第308号より 芳野 栄