木々のささやき 360号

創作・真心・感謝 (3)

  修業先の師匠から教えられた「創作・真心・感謝」のうち、今回は「感謝」について記してみたいと思います。

これまで32年間、パン造りに全くの素人であった私が、無事に経営が継続できたことにまず感謝したいと思っています。それには、お客様や社員、仕入先の業者、メーカーさらには材料そのものや機械器具類、ひいては社会や自然など私を取り巻く全てに感謝する対象があると思っています。

 とくに創業間もない頃、私の造ったパンをだまって買い続けていただき、創業期を支えて下さったお客様には感謝しています。ある時一人のお客様から「今日パンを買いに行くつもりだったが急用ができて行けないので食パン一本配達してもらえませんか?」という電話がありました。当時一日に食パンを23本しか造っていなかったところに1本買いたいというお客様からの要望です。すぐに「ハイ、わかりました」と電話を切り、喜んで配達させていただきました。とてもありがたかったことを今も思いだします。それ以来、お客様の感謝の気持ちを伝える一つの行動として、お客様の要望があれば宅配サービスをさせていただこうと決め、宅配を開始いたしました。現在では無料の宅配サービスが定着し、感謝の気持ちを伝えることができています。またご来店のお客様への一番の感謝はご来店時やお帰りの際の心のこもったあいさつだと思っています。一人ひとりのお客様の心に届く、真心のこもったあいさつを心がけるようにしました。朝であれば、「おはようございます。いらっしゃいませ。」と明るい声でお出迎えし、お帰りのお客様に丁寧なお辞儀を添え、「ありがとうございました。」の中に感謝の気持ちを込めるのです。そうするとお客様の行動にも変化があることに気づきました。こちらからのあいさつに対して必ず軽い会釈を返していただけるようになりました。

早朝から遅くまで働いていただく社員に対しても、出勤時には「おはようございます。今日も一日よろしくお願いします。」と、帰りには「今日も一日ありがとうございました。」と労いの言葉がけをきちんと丁寧にするようにしました。社員に対する思いやりの心の基本を大切にしてきました。

 仕事が滞りなくできるのも、材料を木輪まで届けていただける仕入先業者の皆様の努力のおかげです。納品時は「こんにちは。」、退出されるときは「ごくろうさまでした。ありがとうございました。」と感謝の言葉をスタッフ全員で伝えるようにしています。届けていただいた材料に対しても感謝の気持ちを持ち、最後までしっかりと使い切ることを大切にしています。機械器具類に対しても丁寧に取り扱い、仕事終了後には感謝の気持ちを添えて、丁寧にきれいに掃除を心がけました。

 今振り返ってみると、社会制度のおかげで会社が保護されていることにも感謝しなければと思っています。社員の雇用に関しても、保険制度や年金制度についても、こうした社会制度に護られることで経営の継続が可能となっているはずです。感謝の対象が大きく広がってきました。

 これまで3回にわたって、「創作・真心・感謝」について私の思うところを記してまいりましたが、修業先の師匠から教えられた三つのキーワードはいずれもコストのかからない、自分の心を動かすだけのものです。しかも誰でもできる基本的なことです。それらの基本的なことを創業時以来徹底して実践してきた成果が、現在木輪の姿としてあらわれているように思えます。私にパン屋の経営者として正しく生きる道を示唆していただいた師匠に感謝しています。

 

2021年1月 360号より 芳野 栄